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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1440号 判決

控訴人 原告 松原信雄

訴訟代理人 柏倉栄助 外二名

被控訴人 被告 安田火災海上保険株式会社 外二名

訴訟代理人 山下豊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人安田火災海上保険株式会社は控訴人に対し原判決添付目録記載の第二(イ)、(ロ)の家屋を収去して、その敷地六十六坪四合を明け渡せ。三、被控訴人伊佐錦太郎は控訴人に対し同目録第二(ハ)、(ニ)の家屋を収去して、その敷地六坪二合五勺を明け渡し且つ右(イ)、(ロ)の家屋から退去して、その敷地六十六坪四合を明け渡せ。四、被控訴人楠田胤成は控訴人に対し右(イ)の家屋中表側道路から向つて右側端一坪六合七勺の部分から退去して、その敷地一坪六合七勺を明け渡せ。五、被控訴人安田火災海上保険株大会社は控訴人に対し昭和三十二年五月一日から右二の土地明渡済に至るまで一ケ月金五百六十円の割合による金員を支払え。六、被控訴人伊佐は控訴人に対し昭和三十二年五月一日から右三の土地明渡済に至るまで一ケ月金六十六円の割合による金員を支払え。七、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、当審での控訴人及び被控訴人伊佐錦太郎の各本人尋問の結果を援用し、乙第五号証の五ないし二十四はいずれも成立を認めるが、同第八号証の一ないし三の成立は不知と述べた。

被控訴代理人は、乙第五号証の五ないし二十四、第八号証の一ないし三を提出し、当審証人名取茂樹の証言、当審での控訴人及び被控訴人伊佐錦太郎の各本人尋問の結果を援用した。

理由

第一、被控訴人伊佐錦太郎に対する請求について、

控訴人が昭和二十年三月三十日被控訴人伊佐に対し、控訴人所有の原判決添付目録記載の第一の土地を、期間二十年、賃料一ケ月金六円二十七銭、木造建物所有の目的で賃貸したこと、被控訴人伊佐が右地上に原判決添付目録記載の第二(イ)ないし(ニ)の家屋を所有してきたこと、控訴人が被控訴人伊佐に対し、昭和三十二年五月一日到達の書面で、右土地の一部を無断転貸したことを理由として、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は、「被控訴人伊佐は昭和三十年八月十一日控訴人の承諾を得ないで、右第二の(イ)、(ロ)の家屋を被控訴人安田火災海上保険株式会社(以下被控訴会社という)に売り渡し、翌十二日その旨の登記をして、その敷地六十六坪四合(右第一の土地から右第二の(ハ)、(ニ)の家屋の敷地六坪二合五勺を控除したもの)を転貸したのであるから、控訴人のなした右賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じた。」旨主張し、これに対して、被控訴人伊佐は、「右第二の(イ)、(ロ)の家屋は、登記簿上、被控訴人伊佐から被控訴会社に対して買戻約款附売買を原因として所有権が移転したことになつているけれども、実質は被控訴会社に対する債務のために、いわゆる譲渡担保としたもので、被控訴人伊佐と被控訴会社との間には右第二の(イ)、(ロ)の家屋を売買した事実はなく、従つてその敷地を転貸したこともない。」旨主張するので、まずこの点について判断する。

いずれも、成立に争のない甲第三号証、乙第一、二号証、原審証人関谷順一の証言によつて成立が認められる同第三、第四号証、第七号証、当審証人名取茂樹の証言によつて成立が認められる同第八号証の一ないし三と、右各証人の証言並びに原審及び当審での被控訴本人伊佐錦太郎の尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人伊佐は、古くから原判決添付目録記載の第二(イ)(後記認定の増築部分を除く)ないし(ニ)の家屋に居住して、被控訴会社の保険代理店をしてきたのであるが、昭和二十五年五月から同年十一月までの間に、被控訴人伊佐が被控訴会社のために取り扱つた保険契約に基く保険料から所定の代理店手数料を控除した残額合計金百四万二百九十二円五十四銭を被控訴会社に引き渡さず、これを滞納したので、昭和二十六年三月二十六日被控訴会社との間に、右債務を同月から昭和三十二年四月まで毎月末日限り割賦弁済することと定め、その担保として被控訴人伊佐所有の前記第二(イ)の家屋に第一順位の抵当権を設定し、且つ被控訴人伊佐が右債務の履行を怠つたときは、被控訴会社の選択に従い、当時の残存債務に対する代物弁済として、右家屋を被控訴会社に譲渡することを契約し、同年五月十五日その旨の抵当権設定登記並びに代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。被控訴人伊佐はその後引き続き右代理店営業をしてきたが、更に保険料金七十七万八千三百八十二円を滞納した結果、昭和三十年一月末日現在で滞納総額は金百八十一万六千三百八十四円となつた。そこで、被控訴会社は被控訴人伊佐を相手方として渋谷簡易裁判所にいわゆる即決和解の申立をなし、昭和三十年八月三日、「被控訴人伊佐は被控訴会社のために取り立てた保険料金百八十一万六千三百八十四円の支払債務あることを認め、その担保として、被控訴人伊佐はその所有する前記第二の(イ)、(ロ)の家屋を被控訴会社に信託的に譲渡して、その所有権を移転し、占有改定の方法でその引渡を了し、被控訴人伊佐が昭和三十二年九月三十日までに金七十七万八千三百八十二円を被控訴会社に支払つたときは、右家屋の所有権は被控訴人伊佐に復帰し、右期間中は被控訴人伊佐は右家屋に無償で居住することができるが、右期日限り被控訴人伊佐は右家屋から退去し、無条件でこれを被控訴会社に明け渡すこと。」等を内容とする裁判上の和解が成立した。そして右和解に基いて、右期日までに買戻ができる特約の附された昭和三十年八月十一日附売買を原因として、翌十二日右家屋について被控訴人伊佐から被控訴会社に所有権移転登記手続がなされ(売買を原因とする所有権移転登記手続のなされた点は当事者間に争がない。)、また、被控訴会社は右家屋を売買により取得したものとして、同年八月三十一日附でその代金の支払に代えて被控訴人伊佐の債務の内金七十七万八千三百八十二円が後記のような趣旨で一応清算されたものとして処理した。その後、被控訴人伊佐は右和解に基く買戻をするよう努めたけれども、手許不如意のために期限内にその買戻をすることができなかつたので、被控訴会社に懇請し、昭和三十二年六月十二日頃右買戻の期限を更に二年延期し、昭和三十四年九月三十日までとする旨の承諾を得た。しかし、右延期された期日を経過しても、被控訴人伊佐は買戻をすることができなかつたのであるが、もともと被控訴会社としては、右家屋の所有権を取得することが本来の目的ではなく、被控訴人伊佐が前記のように多額の保険料を滞納した結果、保険募集の取締に関する法律に基いて大蔵大臣から代理店業務の停止又は登録取消の処分を受けるおそれがあつたため、滞納金処理の方法として上記のような買戻約款附売買によるいわゆる譲渡担保契約を締結したものであるところから、被控訴会社は再び被控訴人伊佐のために右買戻期限を猶予した結果、被控訴人伊佐は昭和三十四年十二月七日買戻代金の内金二十五万円を被控訴会社に支払い、残代金五十二万八千三百八十二円を支払えば、被控訴会社はいつでも右家屋の所有権を被控訴人伊佐に復帰させる意向を現在でも持つているもので、そのため和解契約に定めた右家屋の明渡期限も順次猶予され、現在に至るまで被控訴人伊佐が無償でこれに居住している。

他に右認定を動かすことのできる証拠はない。

がんらい、土地の賃借人が賃借地上に所有する家屋を第三者に譲渡した場合には、かくべつの事情のない限り、賃借権の譲渡又は賃借土地の転貸がなされたものと解するのを相当とする。しかし、本件においては、被控訴人伊佐がその所有する前記第二の(イ)、(ロ)の家屋を被控訴会社に譲渡したのは、買戻約款附売買を原因としたいわゆる譲渡担保契約によるもので、買戻代金の一部は既に支払済みで、現在残代金を支払えば、右家屋の所有権は被控訴人に復帰する関係にあることは、上記認定のとおりであつて、しかも、被控訴人伊佐は従前どおり上記家屋に居住して被控訴会社には賃料などは支払つていないのである。

右認定のように家屋を譲渡担保として第三者に譲渡した場合には、原則として右家屋の所有権は内外ともに担保権者に譲渡されたものと解するを相当とするとされているが、それは担保権者から右家屋の所有権その他の権利を取得したものとの関係でいわれているに止つていて、譲渡担保権設定者の債権者に対する関係では、その担保の目的となつた家屋はいぜんとして担保権設定者の所有に属するものとして取扱うべきで、このことは担保権設定者が国税を滞納した場合(国税徴収法二四条参照)、或は破産した場合を考えれば明白であり、担保権者はその担保権の範囲内で保護すれば十分なのである。従つて、家屋を譲渡担保に供した場合には、単純に家屋を譲渡した場合と全く同じであると解すべきではない。家屋の所有者がその敷地の賃借人である場合に、その家屋を第三者に譲渡担保に供したが、いぜんとして従前のとおりその家屋を使用収益している場合には、単純に家屋を売買した場合とは異り、その敷地については、特別の事情が認められない限り、賃借権の譲渡又は転貸がなされていないものと解するを相当とする。そうでなく家屋を譲渡担保に供した場合に単純な売買と同じように、その敷地の賃借権が譲渡又は転貸されたと解するとすれば、家屋が譲渡担保に供せられた場合、債務者が債務を完済して譲渡担保が消滅した場合、或はらに担保権によつて家屋が第三者に処分された場合にも一々民法第六一二条第二項による解除権を認めたり、借地法第一〇条による建物買取請求権の問題が起つて、徒らに法律関係を複雑にするばかりではなく、家屋の担保価値を著しく害する結果を招くことになる。他方上記のように解するとしても、家屋が譲渡担保に供せられた後処分されるまでの間は、敷地の賃貸人からみても土地の使用収益はその以前となんの変動も受けていないのであるから、別に賃貸人に対する信頼関係が破られたとはとうてい認めることはできない。この場合、担保設定者が家屋の買戻権を全く失い、或は担保権者が担保権に基いて右家屋を第三者に処分した場合に、初めてその敷地に対する賃借権の譲渡又は転貸がなされたものと認めれば、賃借人の保護は十分であると解するを相当とする。

本件の場合についてみれば、被控訴人伊佐は前記第二の(イ)、(ロ)の家屋を被控訴会社に譲渡担保に供したのに止まるのであるから、その敷地の賃貸人に止まる控訴人に対する関係では前記第二の(イ)、(ロ)の家屋の所有権はいぜんとして被控訴人伊佐に存し、被控訴人には移転していないと解するを相当とする。従つて、控訴人が被控訴人伊佐に対してなした賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずるいわれはないから、右賃貸借が解除されたことを前提として、被控訴人伊佐に対し、前記第二の(ハ)、(ニ)の家屋を収去してその敷地を明け渡し、且つ第二の(イ)、(ロ)の家屋から退去してその敷地を明け渡すことを求めるとともに、右契約解除の意思表示のなされた日以後右家屋収去土地明渡済に至るまでの賃料相当の損害金の支払を求める本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないこと明らかであるから、棄却を免れない。

第二、被控訴会社に対する請求について、

控訴人主張の原判決添付目録記載の第一の土地が控訴人の所有であること、及び被控訴会社が控訴人との関係では前記第二の(イ)、(ロ)の家屋の所有権を譲渡したものと認められないことは、上記認定のとおりである。仮りに百歩を譲つて前記第二の(イ)、(ロ)の家屋の所有権の譲渡がなされたと認めるのを相当とするにしても、被控訴会社は前記第二の(イ)、(ロ)の家屋を譲渡担保として所有しているのであるから、被控訴人伊佐の上段認定の賃借権に基いてその敷地を占有しているもので、控訴人も上段認定のように特に不利益を受ける関係にはないのであるから、これを甘受しなければならない関係にあると解するを相当とする。従つて、被控訴会社が原判決添付目録記載の第一の土地を不法に占有していることを前提とする本訴請求は、その余の争点についての判断をなすまでもなく、失当であるから、棄却を免れない。

第三、被控訴人楠田に対する請求について、

被控訴人楠田が前記第二の(イ)の家屋のうち増築部分一坪六合七勺を占有していることは、当事者間に争がない。しかし、原審での被控訴本人伊佐錦太郎の尋問の結果によれば、被控訴人楠田は右増築部分を独立して占有しているものでなく、被控訴人伊佐が被控訴会社の保険代理店を営むかたわら、不動産業を営むため昭和二十四、五年頃特にその事務所用としてこれを増築し、現在被控訴人楠田との共同事業による不動産業の事務所として共同使用していることを認めることができる。被控訴人楠田が被控訴人伊佐と共同して事業をなすに際して共同して増築したような場合には問題もあろうが、本件の場合には上段認定のとおり、被控訴人伊佐の居住家屋で保険代理店を営んでいた家屋に、ほんの僅かの部分増築して、そこを両被控訴人の共同事業の事務所に使用しているのであるから、被控訴人楠田は被控訴人伊佐から家屋の一部の使用を許容されているにすぎないものと認めるを相当とする。そして控訴人が被控訴人伊佐に対してなした賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものであることは、上記説示のとおりであるから、被控訴人伊佐は賃借権に基いて右増築部分の敷地を占有しているものといわなければならない。従つて被控訴人楠田の右敷地部分の占有も何等不法なものではないから、被控訴人楠田に対して右増築部分から退去してその敷地の明渡を求める控訴人の本訴請求もまた失当として排斥を免れない。

第四、してみると、被控訴人等に対する控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、その理由は異なるが、結局は正当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第二項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 土肥原光圀)

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